044351 ランダム
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折り鶴


・・・私は帰って来たよ(いったいどこから来た?)

・・・私は家に帰るのだ(どこへ帰るというのだ?)

・・・私は私は私は私は(私はどこにもいないんだ)

・・でも、この折り鶴が言うんだ、”お帰り”と・・


■絵描きと少年


「おじちゃん、また明日ね」・・・私は頷き返した。

(この私が人に頷き返せるとは、驚きだな)唯一の

話し相手が帰る時の、私のこの胸の痛みは何だろう?

もう思春期に入ってもいい頃なのに、まだ幼い少年。

私があの子と出会えたのも、そのお陰かもしれないな。


「何を描いてるの?」無邪気に尋ねたあの子を、私は

気づかないふりをした。だが、ふと横を見上げた私は、

ああ・・・こんなのもあったんだな、と感銘を受けた。

只の、少年期なら誰にでもある好奇心と、人懐こさだ。

(違う、人間を疑わない無垢なる者の輝きだ)一目で、

私は、その少年が好きになり、初めて人に心を開いた。


あれからもう一年経っても、少年は変わらないな・・・

(いや、変わらないことを望んでいる心がそう思わせる)

最近この辺りで、妙な噂を聞きつけたのだ。その噂では、

あの少年と同じ位の歳格好の少年が、夜な夜なうろつき、

男を漁っているという内容だった。私はその噂を言った

奴を殴り付けたのだが、足元がふらついて出来なかった。

「はは、お前のような奴は、地べたに這うのがお似合いさ」

・・・だが、まさかあの子が、そんなまさかな。考える

ときりがないが、少年の話の中で、気になる話があった。


「僕の父さんはねえ、英雄なんだよ」・・「えいゆう?」

少年はそう言って、近くの小さな神社、かって、戦地へ

赴く者が、生還祈願の絵馬を奉納した所を指差したのだ。

「あの中に、父さんの手形があるの。それは、とっても

大きくて、僕の手の2倍もあるんだよ」なぜか、父親を

誇らしげに言う言葉が、私の胸に突き刺さるように痛い。

「父さんは、毎年、神社の相撲大会で優勝した力持ちで、

誰よりもカッコいいんだ。そして、とっても温かいんだ」

・・・「僕、父さんの、おヨメさんになるのが夢だった」

痛い、痛い、痛い、それを聞いた私の心が、なぜか傷む。

「おじちゃんは、髪の毛が真っ白で、体も痩せているね」

なぜか、私はその言葉で、ホットした(それでいいんだ)

「だけど、絵を描いている時の瞳は、とっても好きだよ」

「とっても温かい目で、描く対象を見ているんだもんね」

なぜ、私は見ず知らずの少年の言葉に脅えるんだろうか?

その全てを見通すかの様な、純粋な瞳が、軽蔑の眼差し

へと変わることを恐れるのか?見ず知らずの少年をなぜ?


・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・


私はなんで、こんな路地裏へと入ったのか覚えてはいない。

少年がうろついているという場所が、ここだからだろうか?

ヒロポンの売人に、売春婦の女に、酔っ払いに・・・この

場所は、まるでゴミ溜めだ。こんな所にあの少年がいる訳

無いだろう?だが、いたのだ。いつもと変わらぬ声で私に

呼びかけた「おじさん?おじさんなの?どうしてこんな所

へ・・・」暗がりの外灯の明かりに照らされた姿は、昼間

見る少年と違って見えた(私は、私は、この少年を抱いて

みたいとでも・・・)だが、私の気配を察した少年は言う

「おじさんなら、ロハでやらせてあげるよ」いつもの声が

囁く。いつもの・・いつもの・・声が頭に木霊し続けてる。


「・・・お守りだよ」

ああ、私の折り鶴だ・・・唯一の宝物・・・



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